「能登丼」で里山里海を守る!匠・金七聖子さん

能登の豊かな食文化は、 里山里海がもたらす恵みのひとつです。 そんな旬の食材をふんだんに使い、 全国的な人気を獲得しているのが「能登丼」です。 その生みの親である金七聖子さんに、 「能登の食」についてお話をうかがいました。

能登丼が100種類以上もあるのはなぜ?

 能登丼と聞くと、新潟名物「タレカツ丼」や江ノ島名物「しらす丼」のような、ある特定のメニューを想像される方も多いと思います。しかし、能登丼には100を越える種類があり、牡蠣や鰤、牛肉から苺(!?)まで、乗っているものも実にバラエティ豊か。そこには「能登で採れた食材を使い、輪島塗や珠洲焼といった地元の器で味わう」という共通項しかありません。

 自然環境や食文化に恵まれた能登には、お米やお肉、魚に野菜と、本当においしい食材が揃っています。ただ、PRしたいものが多すぎて、どう伝えていいのかわからないことが悩みの種でした。そこで考えたのが、“素材の受け皿”としての能登丼です。現在、50店舗以上がそれぞれ自信の能登丼を提供していますが、春野菜や秋の山菜、季節で変わる海産物など、常に旬のものが食べられるという点も魅力のひとつです。

 能登丼はいわば、里山里海の恵みが一杯のどんぶりに凝縮されたものと言えます。例えば能登の牛を使ったステーキ丼でも、お肉の下に豆腐が敷いてあったりします。これはお肉のくどさを和らげるための工夫ですが、豆腐には海水から採れるにがりが使われています。こうやって里山里海の恵みを採り入れる工夫が随所になされているので、興味ある方はぜひたずねてみてください。

おいしいものを食べながら、里山里海を育てる

 食べ歩きを楽しんでいただけるよう、スタンプラリーやちょっと小さめの「コンパク丼」といった企画も用意しています。里山里海は人と自然との関わり合いの中で守り育てていくものなので、能登丼をたくさん食べていただくと、お店だけでなく生産者も潤い、それが農林漁業の発展にもつながります。

 例えば、濃厚な旨みが特徴の香箱ガニ(ズワイガニのメス)は、漁期が短くて獲れる量も少なく、かつてはほとんど地元でしか食べられていませんでした。しかし、能登丼によって広くそのおいしさが知られ、今ではテレビで取り上げられるようになりました。「おいしいものを食べながら里山里海を育てる」というのも、能登丼のPRポイントですね。

 能登には派手な観光資源はありません。でも、ここには豊かな食材や景色があります。何気ない風景や能登の人との交流、季節ごとに変わる旬の食材など、能登丼の記憶とともに覚えていただけたらうれしいですね。おいしい食べ物の思い出って、いつまでも忘れないものですからね(笑)。

  • 香箱カニ丼 (上戸町/レストラン浜中)

    ズワイガニのメスである香箱ガニの下にダイズリ(海藻)を敷き詰めた丼。冬季限定で味わえる。器は珠洲焼。

    旨みがつまった幻のカニ!

  • 天然岩ガキ丼 (蛸島町/民宿&お食事 むろや)

    大きな珠洲産天然岩ガキを甘辛の醤油出汁で味付けして、ご飯と岩のりの上に盛り付けた丼。夏季限定。

  • 能登地物丼 (穴水町/滝川食堂)

    伝統の輪島塗の器の中に、甘エビ、タイ、イカなど能登の海の恵みを10種類近くも盛り込んだ丼。旬によって味わえる魚介が変わる。

  • 能登牛ステーキ丼

    (真浦町/茅葺民家のお食事処 庄屋の館)能登牛を80グラムも使用した、見た目にも鮮やかなステーキ丼。ガーリックの味が能登牛の旨味にパンチを与えて最強のタッグを組んでいる。

    口の中でとろける上質の霜降り

  • 能登穴子丼(町野町/今新)

    店主自らが捕った穴子を丸ごとのせた迫力満点の能登穴子丼は、カリカリの衣とフワフワの身が絶妙の味わい。

能登丼の生みの親である金七聖子さん

能登丼の生みの親である
金七聖子さん。
本業は、創業明治元年の老舗
「松波酒造」の若女将。
奥能登の活性化を担う
若きリーダーです!
http://www.okunoto-ishikawa.net/

食を彩る伝統工芸「輪島塗」

漆の新たな可能性を模索し、伝統を守り続ける

 能登を代表する伝統工芸であり、国の重要無形文化財にも指定されている「輪島塗」。艶やかで高級なイメージを持たれる輪島塗ですが、素地は天然木、塗料は漆の木から採れる樹液と、植物プランクトンが海底にたまって化石化した「珪藻土」を原料にしており、これもまた里山里海の恵みのひとつと言えます。

「輪島塗産地が採用した“本堅地技法”とは江戸時代、漆器の産地として遠隔地であるハンディを感じていた輪島の人々が、他と差別化を図るために生み出した技法です。その特徴は珪藻土を用いた『堅牢さ』にあります。丈夫で傷がつきにくく、壊れたら何度でも修理ができる。これをひとつの伝統とし、今日まで守ってきました」とは、輪島の創作総合工房「輪島キリモト」の桐本泰一さん。

 この大量生産・大量消費の時代にあって、天然の素材と職人たちの丹念な手作業によって作られる輪島塗は、生活に彩りと豊かさをもたらすアイテムとして、これまで漆器を知らなかった若い世代から再評価されています。

「輪島塗の堅牢さを構築するためには、非常に手間のかかる工程を必要とします。しかし、それだけに長年つき合っていくことのできる器になっています。私も輪島伝統の“行商スタイル”を継承し、全国の器屋さんや百貨店の店頭に立ってお客さんと直接対話しながら輪島塗を販売してきました。そして、そこでつかんだニーズを元に、金属のスプーンやフォークを使っても傷がつかないカレー皿やパスタ皿といったアイテムを開発しました。塗り方を工夫していけば、いろんな可能性を模索できるのも輪島塗の魅力ですね」

 桐本さんは「輪島塗は江戸時代から何ひとつ変わっていない」と語ります。事実、そこが世界農業遺産の一項目として評価されたポイントでした。しかし、単に守り続けるだけでなく、形や塗り方を工夫しながら新しい価値を持ったアイテムを生み出し、これまで漆と縁のなかった若い世代や海外の人たちのニーズを開拓する桐本さん。これもまた、ひとつの伝統の守り方と言えるのではないでしょうか。

 日常の食事の中に、自然の恵みと人々の営みのつながりを感じさせてくれる輪島塗。ぜひ一度、手にとってみてください。

  • しっかりとした高台が特徴の「高台三ツ椀」。伝統的な「ぼかし塗り」を用い、難易度の高い漆のグラデーションを表現した一品。珍しいねず色と黒のグラデーション作品は、芸術の国・フランスでも人気を博している。

  • 「和菓子やケーキを最後まで美しい所作で食べたい」という思いから作られた「デザート箸」。軽くて丈夫な竹を材料にしたアイテムで、細くて持ちやすく、楊枝、ナイフ、お箸の機能を兼ね備えている。箸置き「輪」も人気。

    箸置きは、充分に落ち着かせた朴の木で作っています

  • 厚手の上縁が特徴の「うるう・こっぷ」。世界で唯一の“保湿している塗料”と言われる漆のしっとり感を生かすべく、くちびるの丸みを表現。広告制作会社「サン・アド」のデザイナー・安藤基広氏とのコラボ作。

    キスをしたときのような口当たり!

  • 天然木の木地に「布着せ」を行った後に、珪藻土を焼いて作る「地の粉」と漆のみを特殊な刷毛で塗り込んだ「千すじ」。表面硬度が高く、金属のスプーンやフォークを使っても傷がつきにくい。抑えたツヤが特徴で、若者に人気の一品。

桐本木工所 桐本泰一さん

大学を卒業後、コクヨ(株)意匠設計部を
経て家業の桐本木工所に入社した
桐本泰一さん。木地制作から企画、
意匠提案、漆器創作の監修まで幅広く
手がけ、輪島塗の新たな可能性を
日々模索し続ける
デザイン・プロデューサーです。
http://www.kirimoto.net/

世界で唯一残る製塩法「揚げ浜式製塩」

海・山・人が生み出す、奇跡の食感

 奥能登で400年以上も続いている「揚げ浜式製塩」は、国の重要無形民俗文化財にも指定されている能登の伝統文化です。人力で海水をくみ上げ、砂浜に作った塩田に撒く。その砂に海水を通して塩分濃度の高い水を作り、釜でじっくり煮詰める。このように、すべて手作りで行われるのが揚げ浜式製塩の特徴です。

「揚げ浜式で塩づくりをしているのは、世界で奥能登だけ。能登沖は対馬暖流とリマン寒流が交わるところで、海水に豊富な栄養分が含まれています。それに加え、ここら辺の海には川の水が流れ込んでおらず、塩分の濃度が薄まらない。こうした地形的な利点から、奥能登は昔から有数の塩どころでした」とは、揚げ浜式製塩の匠である浜士(はまじ)の登谷良一さん。

 ふわっとした食感がたまらない揚げ浜塩。これを生み出すためには「火加減が重要」だそうですが、ここで使われる薪も、浜士が自ら山に入って集めてきたもの。海・山・人の力で作るこの塩もまた、里山里海がもたらす恵みというわけです。「ご飯にひとつまみ入れて炊き上げると、お米に光沢と旨みが宿りますよ」という揚げ浜塩、ぜひお試しあれ。

水が均一に行き渡るよう、弧を描くように撒くのがコツ。「水くみ3年、撒き10年」と言われる熟練の技術です。ちなみにすず塩田村では、5月1日〜9月30日の期間、予約すれば誰でも塩づくりの体験学習ができます。

砂集めも重労働!

すず塩田村の浜士・登谷良一さん

すず塩田村の
浜士・登谷良一さん。
石川県の「ふるさとの
匠・伝統の匠」に
認定されている
塩づくりの名人です。
http://www.okunoto-
endenmura.jp/

地域に根づいた伝統文化「輪島朝市」

里山里海の恵みを「こうてくだぁ〜い」 

 360mの通りに約200軒の露店が並ぶ、輪島の朝市。旬の野菜や海産物、干物に漬物、お菓子や民芸品まで、所狭しとお店が並びます。平安時代からの歴史を持つ伝統文化で、その規模は“日本三大朝市”のひとつに数えられるほど。農産物と海産物をここで物々交換していたのが輪島朝市の始まりだそうで、里山里海の恵みが交差するこの場所は、まさに能登の食を一望できる巨大なマーケットと言えます。

「初夏はコゴミやワサビが旬だね。天ぷらや和え物にして食べるとおいしいよ。これは私が山から採ってきたもの。毎日バスに乗ってここへ売りに来てるんだよ」と笑顔で教えてくれたのは、輪島市朝市組合で理事も務める中ハツおばあちゃん。元気に働いて、いろんなお客さんとおしゃべりを楽しむ。「亭主のひとりやふたりを養えない女は甲斐性なし」という言葉があるほど、輪島の女性はパワフルなのです。

 ノドグロ、ハタハタ、フグ。エビにイカにズワイガニ……。新鮮な海産物は見る者の食欲を刺激します。朝市には浜焼きコーナーもあって、買った食材をその場で焼いて食べることもできます。秘伝のタレに漬け込んだというイワシの開きはまさに絶品!

「まけとくさけに、こうてくだぁ〜い」(まけるから、買っていって〜)

 能登の言葉は語尾が柔らかく、露店から聞こえてくるおばあちゃんたちのかけ声が耳に心地よく響きます。この穏やかな雰囲気も、里山里海がもたらす恵みのひとつと言えるかもしれません。

輪島朝市の写真「寄ってくだぁ〜い」「近くの海で水揚げされたばかり!」「天ぷらにして、揚げ浜塩で召しあがれ」「華麗なる魚さばき!」

http://www.wajimaonsen.com/miru/030/post_12.html

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